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私の手術体験:右橈骨遠位端骨折整復術:その2 [私の手術体験]

手術場にて
整形外科の手術日は何件もの手術があった。私の手術は後から予定に割り込んだかたちになったので,その日の一番最後となった。
当然朝から絶飲食。とにかくお腹がすいて仕方がない。
夕方まで待ち,待ちくたびれたころに手術室に向かうことになった。

今度の病院は何度か見学に行ったこともあり,手術室の様子は知っていた。
けれどもやはり視点が違うと全く見え方は違う。
前日に来てくれた手術室の看護婦さんでさえ,雰囲気が違い,まるで知らない人である。
整形外科の先生方が入ってきて私をのぞき込む。
普段みていると普通の先生方なのだが,見下ろされると異様にコワイ。

腕神経叢の伝達麻酔を行う。ばっちり麻酔が効き,手術が始まった。
本当に何も感じない。はじめは触っている感覚はあったのだが・・・。

しかしそのうちに手足がしびれ,息が苦しくなってきた。
本当に苦しい・・・。
これが噂の過換気症候群・・・。
しかし過換気やとわかっても,どんどん息をしてしまう。
どうしようもなく。
この時ばかりは全身麻酔ですれば良かったと深く後悔した。
整形外科の先生達はといえば,「そういえば○○先生もヘルニアの術中になったらしいよ」「医者であることを忘れるんだ!」などと大受けである。
しかしそのうち,私の要望に応じて,セルシンを静注してくれた。

やっと過換気発作がおさまると,今度は血管痛が・・・
当然のことだが,右腕の手術なため静脈ラインと血圧計が左腕に巻いてあった。
血圧計が締まるたびに血管痛がする。
手術が終了する頃にはセルシンがすっかり嫌いになっていた。

手術が無事に終わり病室に帰ってきた。やはり手術創が痛む。
根性がないのでボルタレン座薬を使ってもらった。やはりかなり楽になる。

今回は全身麻酔ではないので,病室に帰ってきてすぐにコーヒーを飲んだ。
美味かった。単なるパックのコーヒーだったが。

サンマ
利き手を骨折しているので残った左手でいろいろなことをしなくてはならない。
最たるモノが食事である。入院中は先割れスプーンをつかって食べていたが,ある日夕食にサンマが出た。
ちょうど旬の時期だったのだろう。いつもなら喜んで食べるところである。
しかし先割れスプーンなのだ。私が使えるのは。たった一本。
しかもメインのおかずがサンマなのでこれを食べないことには飢えをしのぐことはできない。次の食事は14時間先なのだから。
1時間かけて食べる。
食べた後へとへとになってしまった。

私はこの機会に左手を訓練することにした。右腕が使いにくくなるのだから何とか左手を使えるようにしなければと考えた。ギブス固定され,すこし右手が使えるようになったが,あえて左手ばかり使った。
このときの訓練が,麻酔科医になった今でも多少は役になっている。

私の病室はナースステーションの目の前にあり,
重症の患者さんが入院しておられたようだった。
ナースコールは筒抜けだし,隣の患者さんも頻回にコールするので夜は何度も起こされた。
長い,長い病院の夜。

お見舞い
さらにばつが悪かったのは, 毎朝の外科の回診。
入院先は次の年に外科研修に来るはずの病院だったし,
外科医になります!などと言っている奴が右手首を折っているのだから。
タイヤが3つ以上ある乗り物にしか乗ってはいけないという約束をさせられた。

他にもいろいろな先生方がお見舞いに来てくれた。
時にカンファレンスに誘われたりもしてたけど。
でも,何にしてもすることがない入院患者には,とてもありがたいものだった。

退院!
そうこうしているうちに,術後5日目に退院となった。今回は前回の自然気胸の時と違って開放感はない。
なにしろギプスががっちりとはまっているのだ。ちゃんと動くのだろうかと不安がつきまとう。
それにしても手術が上手くいって,とりあえずは第一段階はクリアーできたのでほっとはしていた。
右の写真は整復後の写真で,プレートが入っているのがわかります。

その頃は担当患者は減っていたものの,字が書けないので業務復帰はなかなかできない。
毎日病院には出勤していたけれど,本ばかり読んでいた。
たまに患者さんのところに顔を出すと,病院中に骨折のことが知れ渡っていて,知らない患者さんにまで「先生,お大事にねぇ」などと言われる始末・・・。
かなり恥ずかしかった。

 


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